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Pathwork in Japan
No.113 自己との同一化
Pathwork Guide Lecture No. 113
1996年版
1963年3月29日
自己との同一化
IDENTIFICATION WITH THE SELF
親愛なるみなさん、こんばんは。あなた方一人ひとりに祝福がありますように。私たちの共有するこの時間にも祝福がありますように。パスワークのレクチャーが教えているような内面の深いレベルに達したとき、たとえ真の理解を得ることに時間がかかったとしても、あなた方すべてが、ここで話される言葉から恩恵を受けますように。
あなたがパスワークのレクチャーに呼応するような内面の葛藤を見つけたとき、これらのレクチャーの本当の意味を理解することができるでしょう。そういった理解が、レクチャーを学んでから何年もたった後に起こることもたまにあります。しかし、それが起こったとき、あなたは完全に新しい理解の域に達し、それがあなたに新しい経験をもたらすでしょう。そして、あなたは知的に理解することと感情的に体験することの違いを本当に知ることができるのです。
新しくこのパスワークを始めた人たちにとっては、このレクチャーを理解することは優しいことではないでしょう。それは、今言った理由があるからです。このワークをすでに始めている人たちにとっても、レクチャーをいつも完全に理解できているわけではありません。ですから、まだ自己探求を始めていない人たちにとっては、このレクチャーがどれだけ難解か理解していただけると思います。このような話題に関心がなければ、知的な理解さえも難しいでしょう。それでも、あなたは、このレクチャーで学ぶ進化した考え方に内面で共鳴するかもしれません。それが、遅かれ早かれ、あなたが、解放へと続くこの道を進むのを助けてくれるでしょう。後に実を結ぶ種子は、今もうすでに蒔かれているのです。
では、みなさん、今日は、まだお話ししたことがないテーマについてお話しします。今回のテーマは、自己と同一化するというもので、他者と同一化することとは相対するものです。前回のレクチャーで、人間と時間の関係についてお話ししました。そのレクチャーの中で、実際、今という時に生きている人はほとんどいないということもお話ししました。人は、未来や過去のことばかり考えています。 ときどき、この相対する動きは、同時に起きることもあります。いずれにしても、あなたは今というこの時を生きてはいないのです。
今という時に生きているときだけ、あなたは現実を生きています。あなたが未来を意識しているとき、現実を生きることができません。未来は、あなたが願ったり、想像したり、恐れたりした通りには実現しません。しかし、理論的に、来るべき未来を完璧に想像することが可能であるとしましょう。もちろん、そんなことはありえない事ですが。それでも、あなたは、未来という幻想の中に生きることになります。なぜなら、あなたが考えていることは、その瞬間には起こらないからです。ですから、あなたは実際の未来を経験するのではなく、幻想を経験することになります。
同様に、もしあなたが過去に遡って、過去に起こったことをもう一度起こった通りに再体験しようとしても-これは、もし、それが可能だとしたらという仮定で、それは現実的には不可能です-あなたは、幻想を生きることになります。なぜなら、あなたの記憶の中の時間は、分断されたものだからです。あなたは、幻想に反応し、幻想に生き、今という現実に存在していません。現実とは、常に変化するもので、静止した時間ではないのです。
言うまでもなく、未来を想像することができず、それを生きることができないと同様に、過去を正確に再現することもできません。あなたの欲求と恐れから生じる主観的なものの見方が現実を歪め、過去に存在したことや、未来に存在するであろうことに対してあなたを盲目にします。あなたは精神や感情の変化を故意に拒絶していますが-それによって、成長は妨げられます-その主観的な歪んだものの見方によって、あなたはその変化を無視しています。そして、幻想を生きているのです。あなたは自分の持つ誤解のために、あなたの魂の一部になる時間が自然に流れることを許していません。
時間の流れや、それがもたらす豊かさ、そして、時の流れが促進することができる成長を信頼することができれば、あなたは時間の流れとの調和を受け入れることができます。そうなれば、あなたは、もう時間の流れを止めたり、先に進めたりして操作する必要がなくなります。あなたは、未来に起こる現実について恐れたり、願う必要はないのです。そして、満たされなかった過去を遡る必要もないのです。これは、結局、あなたが未来を信用していないから起こることであり、その未来で、その瞬間を生きている自分を信用していないのです。
あなたが、こうした不信感を抱くことはある程度当たり前のことです。なぜなら、あなたの破壊的で非現実的な考え方と態度が今に生きて満たされることを邪魔するからです。しかし、あなたは過去に遡ったり、未来に先回りしたりすることで、この障害の間違った解決法を探しています。あなたの望む満たされた人生を邪魔している障害物に取り組むよりも、安易な解決方法を探しているのです。
今を生きるために、そして現実を生きるために、あなたは自分の現実に対する鋭い感覚を持つ必要があります。あなた方には、この現実感が欠けています。実際、ほとんどの人が自分自身を現実の中で経験していません。自己を現実の中で経験するプロセスは微妙で捕らえにくいものです。高度に進化した人でなければ、そのプロセスを正確に指摘したり、立証したりできません。あなた方のほとんどは、自分が現実に対するその感覚を持ち合わせていると思っているでしょうが、特定の現実に関して綿密に調査をすれば、そうではないことがわかるでしょう。こうして発見していくことが、破壊的な状況を断ち切る最初のステップになります。
あなた方は、自己の内面に関して、似たような経験をしていると思います。外面的にも意識的にも、何も問題はなくすべてが順調であると確信していたことでも、詳しく内面を調べてみると、深いところでは、意識していたこととは全く正反対のことが真実だったという経験があると思います。そして、あなたは、この隠れた破壊性が、どのようにあなたの実りある人生や幸福の可能性を破壊してきたか理解できたと思います。
隠された破壊性が何かを理解することは、あなたに何の害ももたらしません。むしろ、それを見ないこと、それこそがあなたに害を与え傷つけるのです。これを乗り越えるためには、それがどんなものであるか見つけださなくてはなりません。
それでは、このレクチャーのテーマである自己との同一化に関してさらに詳しくお話しする前に、いくつかの兆候について説明したいと思います。この兆候が、あなたが今という時を生きておらず、現実というものを感じていないことを探求する手がかりになるでしょう。最も極端な兆候としては、あなたは、自分の死が現実のものであるということを感じていないことです。死ぬことは、一般的に信じられているように、拒絶すべきものでも、恐ろしいものでもありません。自分が死ぬことを現実的に感じることが、精神的な苦しみを生み出すわけではありません。死は、生きる気力を失わせたり、恐怖を生み出すものではないのです。死後についてどのような信念を持っているにしても、死は、今に生きることや現実に生きることを何ら邪魔するものではありません。それは、まったくの正反対です。死にまつわる経験をしたことがない人は、死を非常に恐れます。自分が死ぬということを本当に感じなければ、本当に生きていることを実感することは難しいのです。
もちろん、これほど極端ではありませんが、自分自身と同一化していないことを示す兆候はたくさんあります。たとえば、ある瞬間にあなたが考えたこと、感じたこと、または会話の中で使う言葉は、実際のものよりも、どのように表現されたのかが重要であるということを発見するかもしれません。この違いは微妙なため、簡単には説明できないかもしれませんが、いったんあなたがその違いを理解すれば、その違いは明白になり、自己と同一化することと他者と同一化すること、そして、あなた自身を現実のものとして経験することとしないことの重大な違いを示してくれるでしょう。あなたの内面の感情や思考、経験などの本当に大切なものでさえ、他者に向けられたものとしてしばしば変わります。それは、他者に与える効果やよい印象を得るためなのです。
もしくは、一瞬の漠然とした中でも、自分の行動や思考、感情が「他者が、私がこのように行動し、考え、感じていることを理解してくれたら」という考えに支配されているなら、あなたは、自己と同一化することでなく他者と同一化することへと意識が向いています。そうなると、あなた自身の現実は、他者次第ということになります。これでは、あなたは他者を通して生きることになります。
ここで、あなた方に誤解をしてほしくないのですが、私がこれらの兆候のお話しをするのは、あなたが変化を求めていないと言って責めているわけではないのです。パスワークで取り組んできた他の内面の歪んだ考え方と同様に、無理にそれを取り除こうとすると、状況をより悪化させます。なぜなら、あなたは自分と同一化するのではなく、ガイドである私や自分以外の権威に従おうとするからです。それでは、ただ同一化する方向を変えただけということになります。
あなたが観察した自分の兆候を今すぐ正そうとするよりも、その兆候をあなたの内面の理解と気づきへ導く指標として受け入れてください。
それでは、このレクチャーのテーマをもう少し直接的に説明しましょう。現代心理学でもこのテーマに関してはある程度取り扱っていますが、ここではさらに深くお話しします。
人間は、生まれてから子どもに成長する過程では、そのエゴはまだとても弱く、自分自身を支えることができません。他のレクチャーでお話ししたこともありますが、子どもは自分より強い大人の世界に依存しています。この依存に関しては、誰もが理解していると思います。子どもは、食事を与えられ、危険から身を守られ、保護されるために依存をします。
しかし、人間には、オーラ体というものがあり、身体の法則に似た法則によって機能し、独自の生命があります。子どもは、身体的に依存するだけでなく、感情的、思考的、精神的にも依存をしています。子どもたちは、食べ物と同じように愛を必要としています。子どもは、どちらも自分の力で手に入れることはできないのです。
しかし、成熟した大人は、何もせずにただ愛されることを待つということはしません。愛は、愛したり関係を持ったりする能力に応じてやって来ます。成熟した大人は、愛がなくても不安になったり、無力感を感じたりはしません。もし、あなたが内面に不安を感じているとしたら、あなたが感情的に未熟であることを示しています。愛は、人生において欠くことのできないものです。しかし、子どもの弱いエゴは、愛にも依存しています。成熟した大人は、生存のために他者に依存するほど、他者の愛に依存していません。
同様に、子どもは、自分独自の考えを持つことができません。子どもは、原因や常識、論理、そして、それらに相対するものの違いが分からないのです。子どもには、成長するためのガイドとしていろいろな考え方や原理原則を教える必要があります。子どもの成長過程で、そのようなガイドを与えなければ、子どもの独立心は育たないでしょう。また一方で、子どもに何も与えないなら、生存競争にうまく対処できる能力を持たせることはできません。子どもに愛を与えなければ、子どもは大人になっても、うまく愛することができなくなります。その反対もまた真実です。子どもがバランスよく成長すれば、彼らは、少しずつ親との絆を切り離し、自分の力で生きるようになります。そして、愛することを学び、愛されることに依存しなくなります。考え方に関しても、それぞれの考え方の違いを学び、選択ができるようになります。さまざまな考え方を変遷し、探し求め、自分の力で答えを得ることができるようになります。
このようなプロセスは、魂と精神を成長させます。親の権威に依存していた絆から独り立ちするのです。たとえ、親が子どもが独立し離れていく痛みに耐えられず、子どもを自分のもののように所有しようとしても、健全な精神は、この絆を断ち切り自分の力で人生を歩み始めます。
しかし、未解決の問題を抱えた精神や魂は、この絆を断ち切ることを望みません。その代わり、依存的で隠された歪んだ方法で現状を維持しようと懸命になります。不幸にも、感情的に独立することは、孤立することのように考えられています。ですから、深い人間関係から身を引き、一方で、必死になって誰かに依存することが愛することだと信じ込まれているのです。このことに関して、じっくり考えてみれば、真実はそれとはまったく反対であることが分かると思います。成熟した人間は、外面的にも内面的にも独立しており、この姿勢が人間関係の中での成熟した交流を可能にするのです。
内面や無意識の中で、権威との絆を断ち切ることへの拒絶は、その権威と自己を同一化していることを示しています。子どもには、エゴを形成していく上で、子どもたちを独立へと導くよい手本が必要です。しかし、その手本がただ権威とのつながりを持続するために与えられ、自己との同一化を邪魔するなら、その手本を与えることの本来の趣旨が歪められています。このような場合、子どもは自己を見つけ出し、自分自身と同一化するよりも、進んで親と自分とを同一視し、後に、この親のようになろうとします。
このような同一化が、表面的には見えないこともあることを理解するのは重要なことです。そして、ネガティブな同一化も探す必要があります。言い換えると、嫌っていたり、似たくないと思っている親とも、無意識レベルで同一化しているということです。この親に似ているかもしれないという、まさしくその恐れそのものに、内面に隠されている曖昧な感覚-この親は、好きではないが、似るべきであるのかもしれない-との同一化が現われています。簡単に言うと、この先入観こそが-無意識のものですが-ネガティブな同一化なのです。好まない親との絆を断ち切ることは、好きな親とのそれよりも難しいかもしれません。これを理解することはとても重要です。
子どもにとって、ポジティブな同一化は望ましいことなのですが、大人にとっての同一化は、ポジティブなものでもネガティブなものでも、個人の進化を阻害してしまいます。
どのように他者と同一化してしまうかということに関して、あなたが知的に解釈しようとすることに注意をしてほしいと思います。これは、大変誤解を招く恐れがあるからです。このテーマに関しての幅広いワークをすることでしか、真実を見つけることはできません。あなたは、片方の親を敬愛し、見習いたいと思い、その一方で他の親を軽蔑しているかもしれません。しかし、このワークを通して、あなた方の多くは、憎んでいる親と似ている考え方や行動パターンを自分が持っていることを発見するでしょう。これは、多くの場合ショックを受けると思います。しかし、これは、あなたが最も似たくないと思っている親と同一化をしているという証拠なのです。ですから、性急な判断には注意を要するのです。
元来、親と同一化していたものが、後になって無意識のうちに、その同一化が他者に置き換えられることがあります。こうしたことは、個人の間だけではなく、国家間や宗教、政治的グループの間でも見られます。権威に抵抗している少数派グループのような集団でも、この心理学的に歪んだものの見方は、個人的な同一化と同じように表れます。従順さは、より強力なものへ同一化をしたいという内面の表れです。このような従順性も同一化も、従順でないふりや明らかな個人主義を装っています。特に個人主義の極端な解釈やそれがあまりにも重要視されている場合にこういったことが起こります。このようにして、宗教的な少数グループは、自分たちが自由であると信じ込み、一見したところ、従順になることへ抵抗しているように行動をしています。しかし、このような切迫したニーズがあるときには、その下には必ず弱点が潜んでいるのです。
真の自立や何の束縛もない人間ならば、それに関して何も誇示する必要はありません。そのことに関して何かと敵対する必要はないのです。ですから、宗教的な抵抗少数グループの人たちは、権威を同一化の代用とみなしているのです。
人は、さらに大義とも同一化します。その大義自体がいかに立派なものでも、それは自己との同一化の代用として用いられると害になります。内面の自由を得るために価値のある大義を受け入れ、信じ、そのために自分を捧げることに害があるのではありません。あなたが自分自身を見つけられず、弱い子どものように頼るべき自分以外の同一化の対象を求め代用する、そのことが害になります。その大義を受け入れる隠れた動機を理解しない限り、あなたは否応なしに自分以外の権威と同一化をしてしまうでしょう。
私は、思想やグループ、忠誠心や大義をまったく持たない人生についての話しをしているのではありません。こうしたものを持たなければ、あなたは孤立してしまうでしょうし、社会に対して無責任にさえなってしまいます。しかし、みなさん、健全な信念と内面の自由からくる大義を受け入れることや内面の奥深くから必要なものを手に入れることと、まさに明らかにされようと待っているあなたの内面に存在する枯れそうな泉の代わりにそのような大義を置き換えることの間には大きな違いがあります。
弱いエゴからくる過度の他者との同一化は、大衆の意見への服従であり、他者のものの見方をただ真似ているにすぎません。それを見つけ出すにはわずかな手がかりしかありませんが、どの人間もそれぞれいろいろなやり方で同じことをしています。しかし、それを見つけ出し、乗り越え成長することが重要であることに変わりはありません。
以前に、自己疎外に関するレクチャーをしたことがあります。自己疎外と自己との同一化は同じものではありませんが、とても関連があります。自己疎外は、自己との同一化がなされていないことに起因しています。言い換えれば、自己との同一化が原因で、自己疎外は、その結果ということになります。自分でも気づかないうちに、感情的に他者に依存しているときは、ある意味で自我の確立が出来ていないと言えます。他者があなたのニーズや期待-それは、経済的な援助であったり、認められること、愛や受け入れられることであったりしますが-を満たしてくれないのではないかという曖昧な恐れは、人間関係の相互依存といった自然なニーズ以上のものを求めており、それに関して心配していることを示しています。人間の自然な相互依存に必要なものであれば、不安や他者のネガティブな感情を引き起こすことはありません。あなたは内面で必要としているものを外部から受け取るというニーズを思い浮かべるかもしれませんが、それがどういうものかいったん明白に見ることができれば、それが不自然で必要のないことだということを敢えてここで強調する必要もないと思います。この洞察からあなたは変わり始めます。あなたはもう役に立たない依存-それは、あなたを強くすることなく弱めていまいます-を通して生きる必要はないのです。
承認を求めたり受け入れられたいというニーズに対するあなたの抵抗を見逃さないでください。ご存知のように過去の経験から、そのような抵抗の背後には大抵の場合、あなたが抵抗しているものそのものに対する切迫したニーズを見つけるでしょう。
感情的、精神的なへその緒がまだ親とつながったままなら、自己を成長させることはできません。そのような状態では、胎児が母親の子宮の中である一定までしか育たないのと同じく、非常に限られた成長しか望めません。赤ん坊がさらに発育するためには、へその緒を切る必要があるのです。そうしてこそ、さらなる身体的発育が可能になるのです。
内面の人格の成長のプロセスもそれと大差ありません。もし、あなたが内面のへその緒を切っていなければ-最も厳密な意味合いにおいて-あなたの存在する権利を他者に委ねることになります。譲歩や裏切り行為、そして自己疎外の心理学的側面は-少なくともそれに関する部分で-あなたがまだ自己と同一化しておらず、ひとつになっていないことを示しているのです。それゆえに、あなたは自分に対する現実感を持っておらず、人生の瞬間を十分に生きていません。
そのような自己中心性の不足や他者への依存があるとき、あなたは他者を利用しようとします。あなたは他者に依存することで自分自身を責めていますが、あなたが依存している相手を利用することを止めることができません。この隠された他者の利用の中に、非現実的な「愛」の歪んだ姿を見ることができます。あなたは、他者を必要とするときや利用しなければならないとき、愛するふりをします。そのようにごまかさなければ、自分が沈んでいくように感じるからです。あなたは、他者によって与えられる現実のほかには、自分にとっての現実はないと感じるからです。
あなたが依存するために必要な人を利用すれば、あなたは自己の力をどんどん失っていきます。その結果、あなたは自分が強くなるためには、他者が必要だとますます信じるようになるのです。
今に生きるということは、時間の波を生きることです。あなた方の生きている次元では、時間は、ある一定のリズムで流れています。この時間の流れは、季節や一日、そして、宇宙空間を一定の軌道を描いて周回している星に基づいて決められています。これらの動きは、波のようなリズムを生み出します。何世紀もの間を経て、人類は、わずかですが、時間の流れが刻むリズムに関する一定の法則に気づき始めました。そのひとつが占星術です。しかし、それでもまだ限定的な理解しか得られていません。しかし、よいとき、悪いときといったことに関しては、みなさんもこの感覚を知っていて、話題にもします。物事がうまくいくときというのは、やることがすべてよい結果を生みます。そんなときは、いつもより自由を感じ、例え問題を抱えていても、希望を持てます。そして、少なくともある程度、その欲求が叶い満たされます。そして、すべてのことが悪い方向へ向かっているように見えるようなときもあります。いわゆるこの「悪いとき」に、もしあなたが心の底から自己の内面に真実を求めるなら、やがて答えはもたらされるでしょう。それは紛れもなく人間が作り出した時間との不調和なのです。あなたが時の流れと調和し、それを理解したとき、あなたは、もう憂鬱や不安、不満といった感情を経験することがなくなるでしょう。生命のこの瞬間、そして、今という現実を十分に生きることができれば、冒険や平穏、調和の取れた高揚、価値のある大切な人生がもたらされるでしょう。
しかし、この価値あるものがもたらされるには、まず内面のネガティビティ、つまり、あなたの中の「悪いとき」を理解し判断をする方法を学ばなければなりません。そうすれば、やがてあなたは時間と調和し始めるでしょう。そして、あなたは自己を現実の中で経験することができるようになります。この安心感や内面で支えになるものは、言葉では表現しきれません。これこそがゴールなのです。
それぞれの魂は、豊かさを兼ね備えています。望みさえすれば、それはあなたのものになります。人は、漠然と感じている欲求を多くの場合、間違った方向に求めていることはとても残念なことです。あなたがただ内面の豊かさを引き出せば、今に生きることができ、自己から切り離されることもありません。これは、他で求めても決して得られるものではありません。自分以外のところに依存をし続ける限り、あなたは、真の自己の力をさらに弱めてしまうような方法に頼らなくてはならなくなります。
他者を利用するということに関してここで説明したことをあなたの内面の中で探して、理解することは重要なことです。他者を利用するということを言葉通りに取らないでください。あなたが他者に依存しているために、利用せざるを得ないという、より微妙な部分を見てください。そういうわけで、あなたはコントロールが必要だと信じ込んでいます。あなた方の多くは、自分の中にこの強い傾向があることを認めると思います。個人によって、コントロールする方法はさまざまです。あなたがどのような方法で他者をコントロールしているのか、そのコントロールを失うことをどう恐れているのか、それがあたかも生き残るための戦いのように互いにコントロールし合い、どのように人間関係を壊しているのか、その非現実的な生き残りのための戦いの中で、あなたはどのように問題を曲解しているのか、そして、あなたは成熟や満たされることをどのように放棄しているのか、あなた自身の答えを見つけなければなりません。あなたの中で、コントロールを必要としている部分が、他者やあなた自身、そして大切な自然な感情を操作しています。このプロセスが、自己をより強く、より自由に独立して発展することを阻害しています。
他者や状況、人間関係をコントロールしなければならないという差し迫ったニーズがあるところに、あなたが自分自身と同一化していないことを示す鍵が隠されています。ここでお話ししている見地から、あなたの中でその傾向があることを見ることができるなら、そして、このわずかな手がかりを出発点として、内面の成長を妨げているものを理解することができるなら、あなたに不必要な多くの困難をもたらしている意図的な自己否定の中核にたどり着くことができます。そうしてようやく、真の自己を表現する段階に行くことができるでしょう。それは、それまでしてきた内面のネガティビティを見つけ出すことよりも容易でしょう。しかしまず、自分が他者にしがみついており、何らかの方法で他者と同一化して依存をしているという事実を完全に認識しなければなりません。あなたは、いままで断ち切ることを拒み続けてきた結びつきと、その結果、その根があなたの中で育たなかったことを見るでしょう。しかし、いったんその結びつきの根を見つけることができるなら、あなたが思っているよりも簡単にそれを断ち切り、それを自分の内面に根付かせることができるでしょう。
さて、親愛なるみなさん、みなさんにはこれから数週間このレクチャーをじっくり考える時間があります。ディスカッションのときに、各レクチャーに関連した質問をお受けする機会がありますので、今はこのレクチャーとは関係しない質問をお受けします。
質問:睡眠現象についてご説明いただけますか?
回答:あなた方のオーラ体は、物体としての身体、そしてすべての物質によりもたらされる負担を軽減する必要があります。この休息なくしては、あなた方は人生を維持していくことはできません。物質は実際のところ、真の人格にとっては重荷なのです。私が言っていることは、文字通り真実です。あなたが動き、そして自由でいることができる異次元の世界で、この重荷から解放され休息する必要があるのです。この別の、より広くて自由な次元では、リラクゼーションと強さの集積が存在します。これが本来、睡眠の主な理由です。自分自身をすべての物質から解放すること、そしてより広い次元へと移動することは、寝ている間に再生される霊的な血流を通して、実際に物質としての身体の器官を修復します。霊体またはオーラ体は常に要因で、物質としての身体は結果なのです。
偉大なる愛とともに今日のレクチャーを終わりにし、みなさんを祝福します。この祝福は、あなた方の魂に真実と再生をもたらす偉大なる強さを内包しており、それにより必要な気力を見つけることができ、あなた自身の中に自分自身を確立する力となるでしょう。平和のうちいてください。皆さんが神の内にあらんことを!
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