top of page

No.8 霊媒能力--神の霊的世界と繋がる方法

Pathwork Guide Lecture No.8
1996年版
1957年7月1日


霊媒能力--神の霊的世界と繋がる方法
MEDIUMSHIP -- HOW TO CONTACT GOD’S SPIRIT WORLD


 親愛なる友人である皆さん、前回私は完全性の道へ繋がる最初の扉に入ることについてお話ししました。門へ入る決断をし、それに躊躇なくコミットすることの問題について、どのように困難を乗り越えれば良いのかお話ししました。友人の皆さん、それ以来、私は皆さんを観察してきました。私が言えることは、神の魂にとって、皆さんがこの決断を下したこと、そして最初の一歩を踏み出すのを見届けることは大きな喜びであるということです。今日はその後に起こる事柄についていくつかお話ししましょう。

 しかし、そのお話をする前に付け加えたいことがあります。それは友人の皆さんがこれらの話を聞いたり読んだりする時、決断することを避け、自分とは何の関係もないと信じ込む可能性もあるということです。その場合には、コミットしようとさえしません。この反応は魂に刻み込まれ、その結果、自らの運命に影響を与えることになります。また、たまに祈り、まともな人間になる努力をしているからといって、もう既に長い間この道(パス)にいると信じている皆さんもいるでしょう。私が言及したいのは、そのことではありません。「決断」という言葉にはもっと意味があります。したがって、私が具体的に友人の皆さん、レクチャーを読んでいる皆さんにも言いたいことは、あなたが立っている場所をよく考えるようにということです。望んでいた場所に正確に立っていない可能性もあることも考慮して下さい。

 決断をし、神の手に身を委ねた人は直ぐに内側で何が起こっているのかを感知します。最初の反応は大きな安堵と内なる喜びであり、暫くは全身でそれを感じることでしょう。しかし、この素晴らしい感情は永遠には続きません。このことを聞くと、重さと不快さが戻ってくるのであれば、最初からその決断の意味はないと簡単に結論づけることもできますが、それは違います。初めの門を超えた後、あなたは道の先頭にいるのです。霊的な働きはこの門を超えた後にのみ始まります。この道の歩みは、諦めではなく着実に継続することから成ると、以前にお話ししました。それ程の努力が必要なのです。

 完全性、幸福、そして解放の道へ入る時に何をすべきなのかは、もう過去にお話ししました。今日はそのお話ではなく、まだあまりお伝えしていないこと、この道で期待できる良いことや美しいことについてお話しします。あなたはもう既にこの道を歩んでいくことの困難を知っています。決意を実行に移し、時に困難に見えてもそれを貫き、繰り返し時間と意志の力の両方を振り絞る難しさを知っています。これを行えば、美しい報酬が益々明らかになります。これは突然起こる訳ではなく、非常にゆっくりと起こります。

 人がこの決断について真剣で、単なる善意に留まっている訳ではなく、止むを得ず後退したり、たまに失敗があったりしても、行動に移していることを霊的世界が認めると、その人に霊的な守護が強化されます。これも霊的法則です。困難な道を歩む人は、そうでない人とは異なる種類の霊的な助けが必要となります。この道にいる人には、特別で高次のより強力なスピリットガイドが与えられるか、または守護(ガーディアン)の交代が行われます。その人が門を超えるまで導くという義務を果たしたこれまでのスピリットは、今や別の使命を担う準備ができているのです。

 このような守護の交代は、この特別な門を越える前に行われる場合もあります。霊的な守護が強化されると、人はその存在を完全に確信します。人生の中で重要な試練を乗り越えなければならない時や、この門を超える前または後に霊的な選択を行う必要がある時には常に、守護が強化されることが何度かあるでしょう。人生には人それぞれいくつかの岐路があります。しかし、明らかに霊的な守護が強化されたような経験が起こったとしても、完全性の道の入口を超えた証拠として、それを受け取ることのないように。

 この道が実際に何であるのかということを正確に理解する必要があります。それは、自分自身の成長に関する集中的で継続的な作業です。それは自らを知ることであり、何よりもまず自らの不完全性を受け入れることです。その後、霊的な法則が内側で統合し、時間とともに魂の不完全な感情の流れに影響を与え変化させます。日々このようなワークをしていない人は、まず外側からの助けとアドバイスを貰うことでしょう。そして、これらを貰わなければ成長できない人は、この道を歩むことはできません。ある特定の友人の皆さんの為に、これを何度も強調しなければならないのです。

 更に、強化された守護を受ける人は、神の霊的世界との繋がりを確立しようと努力する時に、霊的な領域から意味のある知識や直感的な洞察を受け取ります。結局のところ、それが全てなのです。このような導きは、この特定の門を超える前から様々な形で起こっていた、繋がりのない、曖昧な知覚として現れることは最早ありません。しかし、そのシステムと道理の関係性を理解するにつれて、より理解可能な、大きな全体像が見えるでしょう。これらの人々は、自らの霊的な道がどのように進むべきか、自分自身にどう取り組むべきか、何から最初に取り組むべきなのか、更に明確に把握するようになります。彼らは真の選択肢が自らの人生にあると分かるでしょう。全般的な神の意志と、個人的なテスト(試練)の意味と目的を見つけるようになるのです。

 この発見は人生における大きな転換点であり、非常に重要です。これまでは、人生に起こる小さい不幸でも大きい不幸でもあるこのテストの意味を理解できず、それが人生をとても困難なものにしていました。この転換点を通過した後は、まるでベールが取り払われたたかのように、困難をより容易に克服できるようになります。更に日常的な問題や困難において、正確に助けを受け取るようにもなります。以前は不可能だった、本当に平凡な問題や困難についての助けを受け取れるようになるのです。親愛なる友人の皆さん、この葛藤から得られる勝利の幸せ、喜び、内なる解放は、これまで人が経験した何事にも比較できません。

 私の教えの目的は、各自が神の霊的世界と繋がることです。それをどう確立するかについて詳しく説明していきます。あなたが実際に霊的世界と繋がる作業を続けていけば、様々な形で結果に繋がっていくでしょう。ある人は見る、他の人は聞く、またある人は感じる等、それは様々な形に渡ります。神の霊的世界と繋がる方法は多岐に渡るのです。

 ご存知のように、この道に入る前にこの特別な力を受け取る人もいます。これが、皆さんが「霊媒(ミディアムシップ)」と呼ぶものです。人がこの能力に恵まれる時(恵まれるという言葉を使うことには躊躇がありますが)、それが大きな試練となる可能性があります。霊的な力の目的が何であるかを知らない人にこの力が与えられると、その人にとってこの贈り物は負担となり、試練となります。霊的世界での霊的な力の意図は、人間が神と、神の霊的世界の真実の姿をより簡単に見つける為の道標となることです。勿論、これは完全性の道を見つけることを意味しますが、大抵そのことは残念ながら理解されません。これらの力が現れてくる程に、その霊媒は不幸になってしまうでしょう。何故なら、彼らが頑固に自らの古い考えを主張する程、低次の霊がそれを利用するからです。これは当然その霊媒の態度からもたらされる正当な結果です。

 ある人が「これらの事柄」を知っていて、特定のことについて霊媒能力を育てることも可能です。単に外的な側面と言った方が良いかもしれませんが。しかし、その人は個人的に完全性の道を歩んでいるとは言えません。繰り返しますが、これもまた最初のケースと同様に、この種の霊的世界との繋がりは霊媒にとっても、周囲の人々にとっても危険です。

 しかし、人が完全性、成長、自己認識と自己訓練、人間性の道に入った後に力が現れるならば、そして最初の門を超えて、神との繋がりをその目的のみに使うならば、霊媒能力は最も素晴らしい方法で進化します。そこには特に難解で難しい試練もありません。詳細はここではお話ししませんが、霊的な繋がりは霊的成長というひとつの目的にのみ使われるべきだという点は強調しておきます。この真実を認めると、助けがもたらされます。そして、その時だけ霊媒は他者を助けることができ、他者は霊媒によって助けられます。このことは後からもっとお話ししましょう。

 人々がこの程度まで進歩して、自分自身の成長に関する質問の答えを受け取るようになると、神の霊的世界への信念は計り知れない程に強まります。それまでは不安定だった信念が、とても強くしっかりとしたものになるでしょう。

 「この道をどのように始めることができますか?次のステップは何ですか?」と尋ねられたとしたら、私は「それぞれの始め方は違う。」と答えるでしょう。霊的な問題を先に片付けておかないと、次に進む道の妨げになりかねません。もしかしたら、他者の言葉に対して広い心で接することができない、という硬直した偏見かもしれません。問題を特定し、それに開いて行かねばなりません。自らを開き「それが神の真実ならば、答えを受け入れる準備ができています。今までは正反対のことを信じてきました。」と言えない限り、何の答えも出てきません。この道では、常に心を開いている必要があります。そしてこの心の状態に達する為に、多くのワークと意志、時間を費やす必要があります。もし、あなたがこの全てをまだ費やしていないなら、自分に尋ねてみるべきです。「私の不完全さは何だろう?私の欠点はどこにあるだろう?霊的向上へ向かう最大の障害になるかもしれない最大の欠点は何だろう?私が既に認めていながら、その結果や程度について明確な説明をしていない欠点とは何だろう?また、仲間が突きつけている私の欠点とは何だろう?」これを考えてみてください。あなたは「これは不当です。私がこれらの欠点を持っていることは真実ではない。」と言うかもしれません。それは本当でさえあるかもしれません。しかし、そのような意見の中にも、おそらくあなたへの表現方法やあなたの理解とは異なる真実の一粒があるに違いありません。誠実に、真実を得ようという絶対的な善き意志で、このことを考えてください。親愛なる友人の皆さん、抵抗が大きいもの程、真実である可能性があります。あなたが非難され、今まで認めなかった事柄の内に、一粒の真実を見出すことができるのです。

 これらの欠点のリストを作り、あなたの意識の中で認め、再び消えないようにしましょう。このことがあなたを大いに助けます。次に、個人的な霊的な友人(肉体があってもなくても)に、そのリストを持って行って下さい。そして自らを開くことで、答えとより深い理解を受け取り、繋がりを感じるようになるでしょう。「父よ、あなたの意志は成し遂げられました。私は自分自身の真実を求めます。臆病さ、虚栄心、過敏さでそれに反発することはしません。」と宣言し、不快な事柄であっても聞く準備ができた人は、確実に真実を受け取ります。

 それまで抵抗していたものが真実である時、あなたの幸せはより大きくなります。何故なら、実際に望んでいた答えを聞くよりも、その経験の現実性を確認できるからです。実際望んでいる答えを聞いた場合、それは単に希望的な考えに過ぎないと自覚できます。しかし、あなたがずっと抵抗してきた何かがやってきた時、あなたは実際に霊的な友人の存在を感じるでしょう。それによって、他の世界の存在を確認できます。それは、大抵疑われ、見ることも触れることもできない世界です。そのような答えはあなたの弱い信念を安心させます。それを神からの最初の答えだと考えてください。この答えは、人間が最初の一歩を踏み出すことを望む時、また変化することへの抵抗を克服した時だけに与えられます。この報酬は素晴らしいものです。何故なら、個人的な答えを受け取ったり自らの直接的な経験を通じて霊的世界の現実を知ることから来る安全は、どれ程多くの物を聞いたり読んだりしても得られません。しかしまた、「外側の」言葉も必要です。それは必要なことをする推進力となります。

 これが、道の始まりです。それを経て、毎日の些細なことに気付くようになるでしょう。「この特定の経験の意味と目的、それがどのように私を大きく成長させてくれるのか、私が理解できるよう助けて下さい。」このように、霊的友人に頼むことができるようになります。そうすれば、再び答えを受け取ります。しかし、不快なものを聞くための準備、そして最終的にそれを聞くことを機械的にではなく、常に新たな心構えで繰り返し行わねばならないだろうと警告しておきたいと思います。これを単に一度体験するだけでは十分ではありません。扉が閉まっている状態では、真実は通り抜けられません。そして、不快で面白くなかったとしても、その真実を受け入れる準備が完全に整っていなければ扉は閉じられます。これを理解して進むならば、あなたは認識、または内なる知識を通して繰り返し答えを受け取ることになるでしょう。

 もしかしたら、数日後に霊感を受けた仲間の言葉を通して答えが届くかもしれません。これは神の世界の助け方のひとつです。従って、あなたはそのメッセージを受け取るために目と耳を開いておく必要があります。これはテストであり、そのような助けに開き、あなたに何かを伝える必要のある人の話を聞く謙虚さを学ぶ機会です。これが、取りかかるべき第二のステップになります。このテストに合格すれば、深く理解をするという新しく素晴らしい体験が続き、再び霊的世界の現実を強く確信するようになります。そのような経験は、答えがあなたの内から直接来る時と同じくらいの有効性を持ちます。あなたは自らの道がどれ程に素晴らしく、組織化された方法で導かれているかをより明確に感じるようになります。

 この道を歩み続け、ワークを通してある種の堅実性に到達した者は、いつかは感謝の気持ちとして何かを神に捧げたいというニーズを感じるようになることを付け加えておきます。初めは、犠牲が求められているように見えるかもしれません。勿論、それは時間の犠牲ですが、それに加えて負担と感じるようなものです。何かを手放すこと、何かを努力によって克服することは、犠牲のように感じられます。これは最初、苦労としてしか見られないかもしれません。支払うべき代償と、与えなければならないものに集中するのです。自らを乗り越える勝利からもたらされる幸せは、最初の内、意味が理解できない約束に過ぎないように思えます。しかし、その代償を支払う準備ができた人は誰でも直ぐに、自らが与える百倍以上のものを受け取ることに気づくでしょう。

 この道を始めたばかりの人にとって、これは只の言葉に過ぎないことは知っていますが、覚えておいてください。何故なら、皆さんはいつか、この言葉が証明されることを見届けるからです。そうすれば、あなたは神の偉大な計画に奉仕し、神の同僚として共に働く存在になる準備が整います。必要なのは準備だけです。「どのように」という部分は神に任せなければなりません。奉仕の最善の方法を見つけられるよう導かれます。繰り返しますが、この選択をした皆さんには、助け、奉仕する意欲は、犠牲ではなく、想像できる限り最大の喜びになるでしょう。

 ここにおいでのふたりの友は、この霊媒能力に関してとても明確な任務を持っているということが分かります。親愛なる友よ(心理研究の調査員として科学界と協力し、霊媒の経験がある男性)、あなたは霊媒として訓練を積んでいくこの道にチャンスがあると思います。あなたは、他者と神の霊的世界との繋がりを確立し、そのような接触を規制する条件やルールを学ぶことを教えるようになるでしょう。霊媒の才能を持つ人々が益々あなたの元へ導かれて来ます。あなたは多くの人を助けることができ、彼らの行いを更に高いレベルへと引き上げることができます。従って、あなたは「神の救済計画」を助けます。素晴らしい仕事があなたを待っていますが、それを請け負う前に、いくつかの条件を満たす必要があるでしょう。

 もう一つ付け加えます。霊界の存在を説いている何人かの霊媒は、既に霊的な徳を得ています。神の救済計画に加わっているスピリットと繋がる場合、この徳が消えることはありません。反対に、彼らがまだ救済計画に加わっていないスピリットと繋がる場合、この徳は消える可能性があります。救済計画に疑いを持っている人々は、証拠を見たいと考えます。この証拠は霊界によってつくることができるのですが、期待とは違う形で、違う条件下で霊界からもたらされます。しかし、辛抱強く待つ準備ができており、確信が欲しい人々にそのことを説明できれば、神の計画に協力している霊的存在からもたらされる確信は、比べられない程に効果的で持続性のあるものになります。その確信は、未だ盲目の霊的存在からもたらされる、瞬間的な印象が強いのに直ぐに消えてしまう力のような確信よりも大きなものです。人は一般的に、人間のように働く霊的存在が、彼らの方法で影響を与えることができない限り、懐疑論者を納得させることはできないと信じています。しかし、そうとも限りません。人が霊的存在に自分の条件を強制するのではなく、霊的世界のコミュニケーションの条件を受け入れるなら、科学はこの種の知識をより多く得ることができます。これは決して難しいことではありません。必要なのは、霊的法則から求められる異なる条件について人々を啓発することです。

 友よ、あなたには別の使命があります。あなたは人々のオーラをゆっくりと見始めるでしょう。初めは時折しか見えず、霞んで部分的にしか見えません。知覚を養い続けると、あなたの才能は更に伸びていきます。オーラの色が見えるだけでなく、パターンを区別するようになります。人間のオーラにはさまざまなパターンがあり、その一部は人間が認識できるものです。例えば、病気、魂の傾向、言葉にならない思考等です。勿論、これら全てを学ぶ必要があり、その能力を開発する助けを受けることになります。

 そのような才能の目的が何であるか尋ねたいかもしれません。目的なしには何も与えられないことを忘れないで下さい。将来的に、あなたには癒しの力が与えられます。オーラを知覚すると、オーラの中に病気のパターンが見え、その病気が何であるかを知ります。あなたはそれを癒すために対応する力を受け取ります。このような素晴らしく充実した仕事があなたを待っています。神はそれをあなたの通常の生活の妨げになることなく、あなたにとって最大の喜びとなるような素晴らしい方法で導いてくださいます。信頼を持ち、自分を導きましょう。もっと言えば、それさえ神に委ねて下さい。

 皆さん、ぜひご自分のワーク全ての側面に対して同じ態度でいてください。「いつ導いてもらうのか、いつ自ら行動するのか。」これらの質問は、霊的世界との個人的な繋がりについて確認する時にも尋ねられます。

 伝えられたふたつのメッセージを受け取りました。それ以外のメッセージは私から、または他の方法で個人に伝えられるでしょう。このようなメッセージを受けとるタイミングではなかった皆さんは、「どうして私でないの?」と考えないように。全てには正当な理由があります。あなたがその理由が分からなかったとしても、そのことを常に信頼して下さい。これが、霊的世界との繋がりを確立しようとする方法です。ありとあらゆる全ての人々が、この方法を使うことができます。皆さん、神は特定の人々だけが繋がれるようにしていると思いますか?いいえ、そうではありません。

 人類にとって、意識的、無意識な全ての努力の目的は、物質の重さを貫通することです。結局のところ、人類の科学技術の進歩の意味は何でしょうか?考えてみて下さい。物質の克服ではないでしょうか? それぞれの科学技術の進歩の成果は、皆さんが障害だと感じる物質的問題を克服したことに他なりません。科学技術は外からの力でこれを達成しますが、完全性の道を歩む人は内からの力を利用します。それが双方の違いです。後者の方法の方が、比較できない程の効果があります。

 では、これから出来るだけ質問に答えましょう。

 質問:私たちのこの時代において、霊的世界との繋がりを確立することがとても難しい理由は何ですか?

 回答:一概に霊的世界との繋がりは難しくはつくられていません。全般的にその繋がりを妨げているのは人間です。ほとんどの人は霊的世界を信じておらず、それに対し開いていません。霊媒能力者としての力は多くの人々にとって眠った状態であり、使用されるどころか実を結ばない状態にあります。

 しかし、あなたが本当に意味するのは外への一般的な繋がりではなく、特に神の霊的世界との繋がりのことでしょう。この種の繋がりを確立するのは常に困難でした。これが人間にとって、それまで受け取れたものの内、最も貴重な贈り物であるからという理由は明確です。それは、努力なく簡単に、そして単純に人間に引き渡されることはありません。神の霊的世界は、繰り返し霊媒を試し、その人にその価値があり能力があるかどうかを確かめます。霊媒は道徳的にふさわしいだけでなく、彼らの在り方が最高のものであり、自由で制約のない魂にふさわしいものでなければなりません。多くの善良な人々は、最初の要件を満たし完全性の道に入るまでに他者を助けたいという願望と意志を持っています。しかし、多くの人はこの道を進み通す事ができません。意味を理解することができない為、克服できないという障害に巻き込まれてしまうのです。霊媒にとって、ある程度の成功を収めた後に訪れる大きな誘惑は、能力をマスターすることではなくプライドに負けることです。そこで完全な謙虚さが必要となります。霊媒にとって、顕現される霊と自らを同一視しないこと、その為に自分自身が他の人より優れている存在だと思わないことがどれだけ難しいか考えてみてください。大抵の場合、多くの人がある程度までは成功しますが、その後に行き詰まってしまいます。

 私が既にこのレクチャーで説明したように、この完全性の道を何よりも積極的に追求し、それにしっかりと根ざしていない限り、誰も他者を助けることはできません。霊媒の全てをこの観点でテストする必要があります。彼らの殆どは、礼儀正しい人間になれるよう祈り、努力していると教えてくれるでしょう。しかし、全ての人が多かれ少なかれかかっている魂の病を癒すのに必要な程に成長しているとは言えないでしょう。認識されていない無意識の感情、その人がワークしていない認識されない問題、ひとつひとつの偏見は、神のスピリットを阻む大きな障害となります。霊媒がそれに値しないが為に、神のスピリットが現れないという訳ではありません。霊媒がそれを通せないのです。人々が自分自身の中に認めないもの、霊的法則から逸脱しているものを通り抜けることは、私たちスピリットにはできません。ひとつひとつの硬直した意見は、大きなブロックです。

 頑固な信念の正反対に真実があるという可能性に開いていない時、私たちスピリットは真実を押し通すことはできません。これは、霊媒が神の意志にのみ才能を捧げねばならず、物質的または霊的な個人的利益は主張するべきではないという基本的な条件のことを言っているのではありません。その条件を可能な限り満たしている人でさえ、まだ霊的法則から僅かに外れている可能性がある為、障害物に当たることがあります。つまり、完全で完璧な楽器は殆ど見つかりません。スピリットの領域、その動き、感情、思考はあなたにとって空気のようなもののため、理解するのは難しいでしょうが、私たちにとってのそれは、みかげ石で作られた堅固な形の壁のようなものなのです。

 ただし、霊媒がほとんどの条件を満たしており、彼らが着実に成長し、ゴールに達したかどうか等は考えない場合(そもそもゴールが存在しません)、小さな障害は重要にはなりません。敢えて言えば、彼らはその障害を迂回することができます。またその障害物は価値のあるテストにもなりえます。このテストはその人のみに利益があり、合格するのに成功した場合は全てがその人の為になります。一定のレベルに達した後は、霊媒に不完全性がまだ有ったとしても、小さな障害物が霊媒またはその周囲の人々にとって、真実に到達するブロックにはならなくなります。障害を克服し個人の完全性を達成するのを助けることは、結局のところ神の霊的世界の唯一の目的であり、神との繋がりの唯一の道理です。

 質問:さまざまな宗教哲学が二元論と一元論を強く区別しています。二元論というのは一元論に繋がる特定の段階であり、一元論はより高い真実ですか?

 答え:二元論を段階として見ることもできます。これを説明することは終わりの見えない困難な仕事であり、人間がそれを把握することはとても難しいことです。しかし、この点において現在存在する難しさというのは、私が霊媒を通して自らを顕在化できないということです。これが霊媒の制限の例になります。彼女は、私がこれらの言葉を伝えられる程にまでオープンな状態です。私は多くの霊媒を通してこれを話すことはできませんでしたが、彼女の場合少なくともこの程度までオープンです。しかし、彼女の成長がまだ十分に進んでいない為、ここで私が十分な説明をすることは不可能です。おそらく数ヶ月、または数年、おそらくもっと短い期間で、これが可能になることでしょう。今は分かりませんが、彼女の成長がブロックを排除するほど十分に進めば、いつでも質問に答えましょう。

 質問:これは、霊媒の状態にとても左右するということを意味していますか?

 答え:いいえ。人々が神の霊的世界との繋がりを確立できる成長の段階に到達すると、霊的世界は霊媒の不完全さにも関わらず、その繋がりを使う人々が常に必要な糧を与えられるようにします。そのコミュニケーションは常に彼らの成長を促進し、神と至福の状態に近づけます。既に述べたように、私たちスピリットにとって邪魔になっているブロックを迂回することは可能です。従って、誰もが自らが持てる最高レベルを達成する為に必要なものを受け取れるのです。この繋がりという目標は、あなたが本当に必要とする全てであり、他には何もありません。あなたは、神聖な秩序に属し、助け、教えることができる霊とできない霊を区別することができます。他の全ては、単なる詳細であり、重要ではありません。

 神のスピリットは、全ての人が常に神の霊的世界との独立した繋がりを確立すべきだと主張しています。神のスピリットは助けとなり、方向性を示してくれるでしょう。勿論、霊媒の仕事としての最初の段階でまだテストが必要な場合には、ブロックがまだあるためにいくつかの偽りの物がときどき介入してきます。親愛なる友人の皆さん、それでもこれは重要なことではないのです。成長することを完全に決心している人は、常に個人的に受け取るメッセージが正しいのか、そのメッセージから何かを学べるのかということをいつも真剣に内観し黙想するのです。最も重要なことは、全ての宗教哲学に定められている基本的な条件を完全に認識することです。それは神の意志に従うこと、自分の過ちを克服することで自らを浄化すること、自己知識を培うことです。

 正しい在り方は、天地創造の存在のような大きな質問に対して、完全な答えを知ることがさほど重要ではないと理解することです。あなたがそれに値するほど十分に成長するまで、そして知識にアクセスできるようになるまで謙虚に待って下さい。「全てをテストし、善を保ちなさい。」という聖書の言葉にシンプルに従うのです。神の意思にかなうものを静かに受け入れて下さい。一度に全てを知りたいと思うのではなく、謙虚で辛抱強く毅然とした在り方でメッセージを受け入れて下さい。

 正しい在り方というのは、霊媒にも霊にも決して依存しないことも含まれます。そうすれば霊媒がまだ訓練中およびその移行状態にある場合でも、受け取る側がダメージを受けることはありません。ひとつのものを信用し過ぎないで下さい。大切なのは明確な思考と謙虚さです。結局のところ、最大の質問に対する答えを与えられるに既に値していると仮定し、先に自らを証明することなく神の世界と直接繋がることができると仮定するのは、謙虚さが欠けていませんか?

 私が話していることは、霊媒だけでなく全ての人に当てはまります。なんの疑いもなく霊媒のメッセージを受け入れてはならないという私が警告しているのは、自分の中の意識から隠された敏感な領域を見たくない人々によって、それが簡単に悪用される可能性があるからです。その人たちにとっては、心配させるような言葉を受け入れたり、却下したりすることも試験になります。不快の原因となるメッセージに対し、内から響く何かが見つからない場合には、それを拒絶する前に十分に注意して下さい。内なる真実とは何かを何度も神に尋ねて下さい。そうすれば、あなたが拒絶しようとした言葉そのものが、本当に真実であることが分かるかもしれません。そのような洞察は、大きな内なる喜びを生み出します。個人的な質問がある時はいつでも、そのようなアプローチが必要です。しかし、一般的な質問においては、この分野の全ての知識は誰もが獲得しなければならない恵みの賜物であるため、辛抱強く謙虚にいることが必要です。霊媒とそのテストを受ける人がそれに合格すると(喜んで試される人は、誰でも合格できます)、その後更に多くが与えられます。一般的で大きな質問に対する完全な答えは、人間の理解能力をはるかに超えている場合がよくあります。一般的に、人類全体においてスピリットの助けを借りずにこの世界で簡単に見つけられるものでさえ、皆さんはあまりに多くの誤った意見を持ちます。ここにいる人々に限ったことではありません。天地創造に関する素晴らしい問いについて、どれだけ知っているか、間違った考えを持っているかは問題ではありません。何故なら、皆さんは既にこの世界上で、多くの誤解を持っているからです。問題は、むしろ霊的に発達し、それが正しいことを疑いなく知る時に、スピリットの助言を受け入れることです。そうすれば、あなたは必然的にあなたが正しい道にいることのより多くの確信を受け取るでしょう。これにより、自分自身の内側、または他の霊媒を通じて、自己への信頼と神の世界への繋がりが強化されます。

 この特定の繋がりが、十分に根拠のあるものであることを明確にしたいと思います。それはこのメッセージが届いているという事実から明らかです。霊媒は十分に開いており、虚栄心がないということは当たり前の事です。あなたが何人かの霊媒に試験をする時(この特定の点で試験をする必要があります)、この程度にまで縛りのない霊媒に出会うことは非常に稀であると確信するでしょう。この評価はこの繋がりの信頼性と、霊媒の正しい方向への進歩の目安として確実に役立つ筈です。

 一元論と二元論についての質問に戻りましょう。私が言える唯一のことはこのことです。一元論と二元論の両方が存在します。神は人であり、また一つです。私が今これ以上言えることはありません。

 質問:私が聞きたいことは難しく、おそらく愚かなことかもしれません。

 答え:聞いてみて下さい。

 質問:私はこの問題に何度も苦しんでいます。神が私達の為に救済計画を立てており、私達が間違った道に入った為に神から離れたのなら、神は何故、この救済計画を私達にとってこれほど複雑で非常に難しくしたのでしょうか?私たちの成長に必要であることは分かっていますが、それでも難し過ぎるように感じます。

 回答:あなただけがそう感じるのでしょう。困難が生じるのは、個々の存在がそれ以外の方法を取ることができなかったからです。親愛なる友人の皆さん、地球が今の形で創られる前には他の方法が試されましたが、それは成功しませんでした。その結果、神は現在の状態を創造しました。残念ながら、成長は苦しみの道を通してのみ起こります。それは本当に残念なことですが。しかし、初めは他の方法で創られようとしたのです。

 個人的に、次のことを加えましょう。私が今日のレクチャーの冒頭で述べた言葉を試してみて下さい。その方法で神の世界との繋がりを創り出すと、あなたは強くなります。あなたは、これらの言葉が何を意味するのかを理解するでしょう。信仰の恵み。あなたは条件を満たした時にそれを受け取ります。その言葉がどういう意味を示しているのかを学んで下さい。そうすると答えが得られます。

 あなたに起こることは、他の多くの人に起こることと同じです。人々は「神は、私に神の正義を示さなければならない。そうすれば私は神を認める準備ができるようになる。」と言います。私の親愛なる皆さん、ある日あなたがその知識に到達した時、そのような姿勢がいかに愚かであるか、思考と感情の両方において間違っているかを理解できるでしょう。それより、人間は初めから不完全な存在であり、神と神の創造は完璧な存在であるいう考えでいる方がはるかに良いのです。あなたは、そうでなく違うことを信じているのでしょう。明確に考えていなくても、感情にはその考えが含まれています。私はあなたを非難しません。多くの人が単純にそう考えているのです。「堕落」の原因となった悪意は、今も存在しています。それは正常な論理的思考での思い違いであり、思考の見直しが必要です。あなたが見ることができ、ある程度まで理解できる創造の顕現について調べてみてください。全てがどれだけ素晴らしく組み合わされているか、あなたに見えるあらゆる細部を観察してください。それから、神があなたの心の中に入ることを許す前に、神が最大の愛と正義を証明すべきだと、あなたがどのように要求しているのか考えてみてください。分かりますか?

 質問:はい。しかし、しばしば神の意思を知るのはとても難しいです。それに従いたいととても思いますが、どの道を行くべきかわかりません。

 回答:これは霊的世界との繋がりを通して、あなたが達成すべきことの一例です。神の意志を知ることを目的としてこの繋がりを使いたい人は、誰でも確実に答えを得るでしょう。扉を叩く人には扉が開きます。神の意思を成すと決心した人は、誰でも答えを受け取るでしょう。しかし、あなたは常に逃げ道、自らをかくまう場所に通じる小さな裏口を開けたままにしています。つまり、準備はできていますが、同時に神が何か不快な要求するかもしれないことを心配しているのです。これでは、神に向かって半分だけ進むことになります。まさに私が前回のセッションで話したことです。「神よ、あなたの意志は成されるでしょう。例えそれが、私にとって不快なことや未だ理解できないことであっても。神は正義と愛だからです。それは明らかであり、私が立つことができる唯一の地面、そして私の唯一の不動点です。それ以外には何も知りません。」神の道に至るということは全て、この考えでいることです。勿論そのような考えは、感情に届くように育まれ、何度も形にされねばなりません。思考の形を繰り返し構築する必要があります。時間と共に、それが感情に影響を与えます。この心構えを持ち、神の意志を求める人は、自らをかくまう場所への道や裏口を残さずとも毎回答えを受け取ります。分かりますか?

 答え:はい。分かります。

 質問:物質とスピリット、神性と人間としての富や欲の関係はどうですか? それらふたつの正しい統合とは何ですか?

 答え:繰り返しますが、お金は他の全てのものと同じで、原理も一緒です。お金がお金という目的ではなく、何かの目的の手段として使用される場合、正しい統合となります。人がお金で物質に縛られるのではなく、お金を健康や才能等、他の神の贈り物と同じように感謝の気持ちで使い、お金の心配から自由になることを意識的に選択する時、彼らの精神的な発達と統合が良いものになります。多くの人にとって、これはとても難しいことです。人は危機にある時の方が神の道を進むことが簡単に思えます。反対に、心配がない状態だと、神の道を進まない方が楽になります。これは、富を持つ人が、それを必要以上にしないように、その富を分け与えねばならないという意味ではありません。何よりも、お金がもたらす誘惑に打ち勝つ時あなたは富を楽しむことができるのです。人が霊的に上昇する為には全てを手放し、貧困の中で生きなければならないというのは狂信的です。そのような課題を要求される人もいるかもしれませんが、それは例外です。例えば、物質的な心配がなければ、精神的に成長することは大事ではないが、日々の糧の心配をしている場合には、そのような問題に勤しむことは不可能だ、と言う人達に対して、模範を示すことを求められているのかもしれません。しかし、あなたが毎日物質的なことを心配して生きている場合、あなたがしたような質問について考えることは不可能でしょう。また、とても賢い魂はこの地球上での人生において、そのような特別な任務を託されます。この場合、彼らは瞑想によって霊的存在に導かれます。大抵の場合、人生の中で物質的なことを気にしない人は、彼らが神の道を歩んでいるかをテストされます。彼らは物質界をコントロールしている霊に誘惑されず、捕まらないことを証明しなければならないのです。

 正しい中間点を確立するための一般的に通用するルールはありません。全てはその人の特性次第です。貪欲な人の正しい統合は、消費癖のある人の統合とは他の異なる方法で進めなければならず、誰もが自分の中間点を見つけなければなりません。そして、あなたは確実にこの道で自身の中間地点を見つけられるでしょう。

 質問:他の言い方をすれば、多くの哲学で仮定されていることではありますが、精神的に努力する人々にとって、貧困は必要条件ではないということでしょうか。

 回答:個々のケースではあり得ることですが、決してそうである必要はありません。人はお金を正しく扱うことができず、貧しい時にこそ道を見つけやすくなるということが繰り返し起こる為、さまざまな哲学でこれを一般原則として確立するのです。ここで人が考慮していないことは、存在する全ての人々が、その人生のサイクルの中で、どのような状況下でもしっかり倒れないでいることを証明しなければならないということです。

 質問:私は聖書に大きな葛藤を感じています。神が自らのイメージ通りに人を創造し、人に地球上の支配を与えたという箇所です。私が地球上の支配権を与えられているならば、私は自分自身、健康、全てに対する支配権も持たねばなりません。それならば、私はまず自分から始めて、それに続き、地球上の支配権を得ることができる筈です。私は神のイメージの通り創造されているので、自分が望むものを創ることができる筈です。でも、それは最早、神の意志ではありません!

 回答:この道で、あなたは神の意志を知るようになり、やがてあなたの意志も同じになります。

 質問:神との繋がりを確立する試みを通してということですか?

 答え:そうです。完全性への道の中で、神の世界との繋がりを築かねばなりません。その繋がりは、益々強くしっかりしたものになるでしょう。あなたの認識は着実に高まります。スピリットが伝えることのみならず、自身の洞察や成長を通して、神の意志を知るようになります。あなたの霊性はますます軽く強く、より意識的になります。あなたの霊的な芯は成長し殻を破り、内なる完全性を取り囲む外の皮が開かれます。そうして神の意志が何であるかを知り、他に何も望むことはなくなります。

 質問:でも、随分と長い道のりです。

 回答:それは私が話したものと同じ道であり、皆さん全員が歩めるものです。それはただ幸福であり、より大きな幸福であり、地上的であれ、心理的であれ、霊的であれ、あらゆる束縛からの解放を意味します。

 私の愛する方々、今日の所は十分にお話ししました。私のお話ししたことを考えてみてください。この道を平和に歩んでください。神の祝福があなたの中に流れ、あなたを通して輝き、益々進歩し、益々幸せと喜びを得られますように。祝福は、近くても遠くても全ての友人の皆さんに届きます。どうか神と共にいてください。


###


以下の注記は、Pathwork®の名称およびこのレクチャー資料の使用法を示したものです。Pathwork®の商標/サービスマークは、The Pathwork Foundation(パスワーク・ファウンデーション)によって所有され登録されており、The Pathwork Foundationの書面による許諾なく使用することはできません。The Pathwork Foundationは、その単独裁量権において、Pathwork®の商標を、協力団体やその支部のような他の組織および個人による使用を許可します。

著作権にかかる規定
Pathworkのガイドの著作物は、The Pathwork Foundationの所有資産です。このレクチャーは、The Pathwork Foundationの商標、サービスマークおよび著作権ポリシーに準拠して複製され、いかなる方法においても変更または省略することはできません。また、著作権、商標、サービスマークおよびその他あらゆる公示の削除は許可されません。
レクチャーを提供される側は、複製と配布のための費用のみを支払うこととします。The Pathwork Foundationのサービスマークまたは著作権で保護された資料を使用する任意の個人や組織は、The Pathwork Foundationの商標、サービスマークおよび著作権ポリシーを遵守することに同意したものとみなされます。これに関する情報またはこのポリシーを入手するには、The Pathwork Foundationにご連絡ください。Pathworkという名称の使用は、The Pathwork Foundationによって承認される変容のプログラムを修了したファシリテーターとヘルパーにのみ許可されています。

日本語版の取り扱いについて
Pathwork in Japan (パスワーク・イン・ジャパン) の許可なしに、無断でコピー(複製)、貸与、頒布、販売することを固く禁じます。また、文書およびインターネット上(ウェブ、メール)での引用・転載を含む公開も禁止します。

また、本レクチャーの受領者は、英語版から日本語版を作成する際に発生する複製・配布・翻訳などにかかる費用をご負担いただきます。

さらなる情報やPathworkへの参加については、Pathwork in Japanにお問合せください。
ウェブサイト:www.pathworkinjapan.com
お問合せ先 :pathworkinjapan@gmail.com

※ガイドレクチャーに関するお問合せはメールで承っております。下記メールアドレスまでお願いいたします。
pathworkinjapan@gmail.com

© Pathwork in Japan All Rights Reserved.

bottom of page